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2004年3月11日更新

その1その2藤井将雄

前略

 いかがお過ごしでしょうか。
 私はといえば、落ち着いたような、そうでないような、まだ曖昧な気持ちなのですが、自転車で駆け回っているぐらいなので、きっと元気でやっているのでしょう。

 早いもので、月日もだいぶ流れましたね。
 毎日、あっという間に過ぎていきます。
 年々、時がたつのが早くなるよとは聞きますが、それよりも過ぎた日々をすぐ忘れるようになりました。これが早いっていうことでしょうか。それとも、毎日を曖昧に過ごしているということでしょうか。

 曖昧とは違うのですが、ひとりで生活するようになってから、私はたくさんのモノを失ったような気がするのです。確かに得られたモノもたくさんありましたが、それ以上に失ったモノのほうが多いようです。何より「自分」を失った、いや、失っていた、いやいや、まだ失ったままかもしれないようです。
 自分を失うということは非常に深刻なことなのかもしれません。私自身も異常事態であるという気はしていますが、先ほども書いたとおり私は元気ですから、それほど気を遣うことはありません。

 私が思うに、いちばん失っていたのは自分の「言葉」かもしれません。言いたいことがあるのに言い出すのをためらう、伝えなければいけないことをうまく表わすことができない。一度出せなくなった言葉は、次も、その次も、机の中にしまったままになります。毎日これを繰り返すうちに、それほど難しいと思っていなかった「自分のペース」を保つことを失い、どんなことが「自分らしく」あるのかということを失い、それがわからなくなると「自分」を失ってしまうのか・・・。

・・・ここでも、どう続けたらよいか、その言葉を見つけることができません。何より探すことを忘れてしまうようです。こんなことでよいのかと思いつつ、その打開策も見つからず、今日まできました。

 曖昧という言葉を使ったのは、自分であるための、相手に正確に伝えるための「言葉」で道標を築いていくことができず、ただあてどなく日々を費やしていたからかもしれないと、今書いていて思いました。

 自分の言葉を失う前から、正しく伝えきれないような拙い言葉しか使うことができなかったといえばそのとおりですし、今後も未熟な言葉遣いのままかもしれませんが、少しでもいいから、言葉を、伝えたい気持ちを、そして自分を取り戻していきたいと思います。そのためには、あまり人に会う機会がなくて、話すことが少ないので、書くことで、言葉を、伝えたいことを、自分を表わしていきます。

 最後に、こうして自分自身を振り返る時間と、そのためのきっかけを与えてくれた、またその必要性を教えてくれた人に出会えたことを心から感謝します。次回書く時には、自分らしく、元気ですと伝えられる日になりますように。
 それではまた。


◇ もくじ ◇


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