そろそろ実力を認めてもいいのでは
まずは、斉藤和巳、一軍復帰登板お疲れ様。
5回101球で被安打7、失点3。まあ上々ではないかな。
TVでちょこっと和巳の表情を見たけど、まだ余裕がないというか、
マウンドに立てたことに対して若干気恥ずかしさすら感じるような。いつもの和巳の表情ではなかった。
だけど、開幕時の硬さとは違う、再合流できた嬉しさもあったような気がする。
これから、とにかく無理はせずに。それだけ。
一方、ホークスにとっては大きな位置づけとなる試合に先発したのが田中将大。
正直、たまーくん(田中まーくんを略して(^-^;)はこの異様な雰囲気の中でノーヒット・ノーランでもやってくれるのではないかというある種変な期待を試合前からして見ていた。
まあそういう期待に応えたピッチングだったかもしれない。
抑える時はホントにきっちり抑えるようになった。エラそうな言い方だろうけど確実に成長してる。
思えば、シーズン始まる前から王監督は「今年の楽天・オリックスは手強い」って話してたわけだし、
実際たまーくんが加入してチームの地力だけでなく「俺たちは勝てる」って意識も明らかについてきたように見受けられる。
チーム全体で、攻撃の粗さがかなり影を潜めてきたし。
自分から見た楽天イーグルスは、紛れもなく強いチームだと思う。
ところで、先週末のことだけど、
何気なくマスターこと藤井将雄のサイトに行って、何気なく藤井マスターが書き残した日記を見返すと、2000年9月10日にこんなことが書いてあった。
いまだに「運がいい」とか「ツキがある」などと 解説者が素人みたいな解説していますが、そろそろ ダイエーの実力を認めてもいいのでは…
7年たって、最後の一行だけ強引に
「楽天の実力を認めてもいいのでは」
って読み替えるとはっとさせられるわけだ。←たぶん一人だけ
2000年のシーズン、終盤にダイエーホークスが一気にまくってリーグ連覇を果たしたけれど、
当時2年連続の好成績ですら、野球解説者にはフロックだって思われてたんだよね。
っつーか、2年続けて結果を残せば本来フロックって言わないけどね。
あの頃は選手たちも「なにくそ」って思いを強く持って戦ってたのかもしれないなあ。
応援する側もそんなふざけたこというヤツらを見返してやるって気持ちが強かったと思う。
優勝目前にあっても「運」だとか「ツキ」だとか言われまくってた7年前。
それから常に優勝争いをし、勝利を要求されるチームへと変貌を遂げるにつれて「なにくそ」っていう気概も薄れていった気がする。
3年前のオフに決して穏やかではない形であれど、誕生した楽天イーグルス。
どこまでも負け続ける日々を、平和台から福岡ドーム初期にかけてのホークスを見守った目で見ていたことは否定しない。
その目は、初めから勝者と敗者とを決め付け、かつ勝者が敗者を見る憐れみのような目であったことも否定しない。
しかし、3シーズン目になって、勝つ立場と負ける立場とがなぜか決め付けられていた2つのチームの戦いが様々な良し悪しの要素を含みつつも、対等な戦いをしていると見えてきたのだ。
至極当然のことに今頃気づくなんて、なんと愚かなことか。
チームとチームが対戦し、その中で繰り広げられるプレーのひとつひとつに注目する。
野球を見るというのは誰に説明されなくてもこういう意味を持つはずだったのに、いつしか自分たちの世界に入り込んでるっていうか、相手チームのことを構わなくなって自分たちだけ勝てればいいぢゃんっていい加減な目で野球を見てたのかなって感じてしまった。
藤井マスターが残してくれた言葉に、ふっと今の自分の「野球の見方」
そんな現実に気づかされたような気がする。
あの頃必死に実力を認めてもらえるようがんばってきた、今同じようにがんばっている者たちの立派な実力を認めてやることも大事なんじゃないかって。
プロ野球だから勝った負けたを見るわけだけど、敵味方問わず「あっ、いまいいバッティングしたぢゃん」とか「おっ、このピッチャーすごくいい球投げるよな」とかプレーのひとつひとつにもっと注目して、プロとして戦ってるチーム、選手の実力を認める(リスペクトする)ってことを今一度考え直したい。
もちろん何より「愉しむ」ってことを忘れずに、ね。