阪神・淡路大震災から12年
ちょうど干支が一回りしたことになりますか。
改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、
被害にあわれた方々に安らぎの日々が訪れることをお祈りします。
時が経つにつれ、記憶は風化すると言われますが、
その分、たんぽぽのように、とは言いませんが、
大災害からつながっていく心の叫び、というものもあると思います。
毎日新聞のこの記事を見て、そう感じました。
「地震は止めることのできないもの。しかし戦争はそうではありません。目の前で親を殺された子の気持ちを思うと、もっと苦しいこと。私にはない憎しみがあります」
12年経過すると、人それぞれに地震そのものから続く様々な人生があります。
被災した人だけでなく、被災者を手助けした人、それをTVで見ていた人にも。
1月17日が「命」の尊さをかみ締める日にすることだってできるでしょう。
一年前に、このブログでこう書きました。
「あの時」の惨状と、そこから今までを必死に生きてきた日々に込められた人々の記憶。 自分だって、必ず心の片隅にでも残している。 だから、「あの時」から11年たった今日を生きるのだ。 薄っぺらい「表層確認」の一日と思われても、こうやってメッセージを毎年、送り続けたい。
少しでも表層から心の中へ響かせていく、そんなことを考える日にすることだってできる。
そう思った2007年1月17日です。



