11 年がたった

阪神・淡路大震災からちょうど11年。
自分が「あの時」を感じるのは、テレビの中にしか残らなくなってしまった気がする。
しかし、昨年は福岡でも大きな地震があったし、今でも不自由な生活を強いられている人たちがいる。
などとブログに書くことは、いずれ表面的なこととして片付けられるかもしれない。

…なんてことはない。

「あの時」の惨状と、そこから今までを必死に生きてきた日々に込められた人々の記憶。
自分だって、必ず心の片隅にでも残している。
だから、「あの時」から11年たった今日を生きるのだ。
薄っぺらい「表層確認」の一日と思われても、こうやってメッセージを毎年、送り続けたい。

改めて、震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された方々の今とこれからが安らぎに満ちた日々になることを願います。

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コメント(2)

本当に、テレビつけるとそればっかり。ブルーになるのですぐチャンネル変えてしまいますが・・・真剣に見ると泣きますので。
被災者の方の本当の苦しみなんて絶対分からないんだろうけど、つらいです。
去年、親友のお父さんが交通事故で亡くなりました。それが去年起きた大事件三つのうちのひとつで・・・急なことだったし、一緒に飲んだこともあったので本当に悲しかったです。交通事故で人は死ぬんだ・・・と思いました。
そして、こんなことがないと、自分を見直したり、考えをあらためたりできないことが本当に情けないと思いました。

>まゆ
以前に比べると、身近な人であれTVで見る惨事であれ、人の死ってのがリアルに感じられるようになってないかな?
自分が年取ったせいかもしれないけど。
年に一度でいいから、こうやって起きた出来事や遭った出来事を通して、振り返るだけでなく身を正すことって必要なのかもしれないよね。

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このページは、さばこぞが2006年1月17日 09:08に書いたブログ記事です。

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