ダイエー創業者の中内氏が死去
九州・福岡の人たちにとって、スーパー・ダイエーを大きくした人というより、南海ホークスを買収して福岡の地にプロ野球団を再び呼んできた人という印象を持つ人の方が多いのではないでしょうか。
スーパー「ダイエー」を創業し、かつては日本の流通革命の旗手と言われた中内功(なかうち・いさお)氏が19日午前9時半、脳梗塞(こうそく)のため神戸市内の病院で死去した。83歳。大阪市出身。 1957年に現在のダイエーの前身である大栄薬品工業を設立。「良い品をどんどん安く」をモットーにした安売り店「主婦の店ダイエー」1号店を大阪市に開業した。 高度経済成長の波に乗り、大型スーパーのダイエーを全国最大のスーパーチェーンに育て、72年に売上高で三越を抜いて小売業首位に躍進させた。 事業の多角化にも意欲的で、コンビニや百貨店、ホテルなどにも進出。88年にプロ野球南海ホークス(当時)、92年にリクルートを相次いで傘下に収めた。しかしバブル経済の崩壊と阪神大震災、大店立地法の緩和による競争激化に直面。経営が一挙に悪化した。 このため99年にダイエー社長、2000年には会長を退任した。(共同通信)
ちなみに、功氏は正しくは右のつくりが「刀」と書きます。
って、よくネットのニュースで注意書きしてありましたよね。
中内氏の足跡は、あらゆる面から良くも悪くも語られます。
個人的にはダイエーというスーパーの利便性と、福岡ダイエーホークスを核としたホークスタウンの構築とを立派な功績と考えています。
ご冥福をお祈りいたします。