福岡の地に市民球団あり(その1)
福岡RKBテレビ制作の「ムーブ2005」で「市民のホークスへ16年の軌跡」と題し、市民球団ホークス後援会会長を務め、今月初旬に亡くなった杉浦博夫氏の特集が組まれていた。
ライオンズを失った福岡の地に、まずはプロ野球団を福岡に誘致することから始動し、福岡ダイエーホークスの誕生からソフトバンクへの球団売却までを見届けた推移と共に、我々ホークスファン、九州の野球ファン、そしてすべてのプロ野球ファンが絶対に忘れてはいけないメッセージがそこにはあった。
印象に残ったコメントを紹介し、自分の雑感と重ね合わせて読んでいただきたい。
■平和台で万年Bクラスを独走していた頃・・・
「負けた時こそ応援を続けよう」 「ライオンズの二の舞にならないために」(ともに杉浦氏)
福岡ダイエー時代の初期、福岡を去った西武ライオンズとの試合は因縁の対決だった。
福岡空港へ着陸しようとする機内から、その因縁の熱気が伝わってくるとまで口にした人もいた。
しかしその熱気は、西鉄時代からのライオンズファンが喜ぶ姿を現したものだった。
一度だけ行った平和台は、ライトスタンドにも西武ファンが陣取る光景があった。
一イニングに10点以上取られて負けた試合だったし。
当時は、応援しててもまあどうしようもないって雰囲気だったのも事実。
それでも、福岡のファンは失ったものの大きさを知っていた。
だからこそ、無意識にホークスを応援し続けたファンもいたはずだ。
当時の杉浦氏の言葉は、その応援が大きく花を咲かせた結果を予測していたのだろう。
勝てば応援する、負けたら応援しないでは市民球団にはなれない。
チームが長く福岡の地に居続けることに大きな意義がある。
球団誘致から動き、実際にやってきた球団を支えた杉浦氏の信念が今のホークスの土台になっているということに気づくと、杉浦氏に尊敬の念を抱かずにはいられない。
...とても長くなりそうなので(汗)、3回シリーズにしてお送りします。
次は平和台から福岡ドームへ移り、優勝するまでの時期です。
また、このエントリーに関連してHiRO@zetton05さんのブログ「So What?!」にある「私的福岡球団史」というエントリーもぜひ読んでください。福岡のプロ野球の流れと、ファンの気持ちがよくわかると思いますので。
コメント
拙文のご紹介&TB、ありがとうございます。
福岡の野球好きにとっては、Hawksの処遇が気が気ではありませんでしたが、今こうして王監督をGM兼副社長として全てを継承してくれたソフトバンクには感謝です。
また、ロッテとの合併などを選択しなかったダイエーにも感謝ですね。福岡に球団をもたらした意味でも。
私は今は福岡に住んでないので、その番組見ることができず残念です。
今日のイベントはYahooのネット配信で見ましたよ。
Posted by: HiRO@zetton05 | 2005年01月31日 03:19
>HiRO@zetton05さん
コメントありがとうございます。
ホークスだけでなく、福岡にも愛着があるので、そういった個人的な思いをいつか書こうと思っていたのですが、そんな時にHiRO@zetton05さんのエントリーを見て触発されて!?書いたものです。
ただ福岡に球団が残るだけでなく、そこから世界一を目指すという目標と、そのために王監督が福岡に居続けてもらえるということが、福岡の野球ファンの何よりの誇りになっている気がします。
今後もホークスファンであることを誇りに思って応援していきたく思います。
Posted by: sabakozo | 2005年01月31日 23:29